2026年の労働基準法改正を見据え、政府は「労働時間規制緩和」に向けた動きを強めています。高市政権のもとで進められるこの方針は、「もっと働きたい人が働ける社会」を目指す一方で、現場からは不安の声も上がっています。これまでの働き方改革で労働時間の上限が厳格に設定されてきた中、なぜ今、逆方向の議論が始まっているのでしょうか?
本記事では、労働時間規制緩和の背景、具体的な内容、企業への影響、現場の実情、そして今後企業がとるべき対応までを包括的に解説します。海外の制度にも目を向けながら、単なる制度の受け身ではなく、チャンスとして捉える視点を提供します。
2026年1月27日
目次
1.労働時間規制緩和が議論される背景とは
1.1 高市政権が目指す「働ける人がもっと働ける社会」
1.2 長時間労働抑制との矛盾とどう整合をとるのか
2.具体的に何がどう緩和されるのか
2.1 時間外労働の上限が緩和される可能性
2.2 「みなし労働時間制」の柔軟運用が進む
3.企業が受ける影響とリスク
3.1 規制緩和に乗じたブラック化の懸念
3.2 中小企業に求められる対応と備え
4.現場と制度のギャップにどう向き合うか
4.1 「もうこれ以上働けない」という現場の声
4.2 「働きたい人」と「そうでない人」を分ける運用の課題
5.規制緩和をチャンスに変える視点とは
5.1 時間ではなく成果で評価する組織づくり
5.2 「誰と働くか」「どのルールで働くか」を再設計する
6.海外の制度との比較と今後の展望
6.1 EUやフランスの労働時間ルールに学ぶべき点
6.2 今後の労基法改正と企業がすべき準備
1.労働時間規制緩和が議論される背景とは
1.1 高市政権が目指す「働ける人がもっと働ける社会」
近年、日本社会では深刻な人手不足が続いています。特に中小企業やサービス業では、労働力確保が経営上の最大の課題となっており、フルタイム勤務を希望する人が十分に働けない現状に、国は危機感を募らせています。こうした中で、高市政権は「働きたい人がもっと働ける社会」を目指し、労働時間の規制緩和に踏み切る姿勢を示しています。
この政策の背景には、「就労機会の拡大」と「個人の自由な働き方の尊重」という2つの柱があります。たとえば、副業を希望する人や、子育て後にフルタイム復帰したい人など、多様なニーズに対応する柔軟な働き方を実現するには、現行の一律な労働時間規制では対応しきれないとの見解が強まっているのです。
一方で、政府としても労働供給力を増やすことは、税収や社会保障制度の持続性にも関わる重要課題であり、規制緩和はその解決策として位置づけられています。
1.2 長時間労働抑制との矛盾とどう整合をとるのか
しかし、この規制緩和の動きに対しては、「長時間労働を助長するのではないか」との懸念も根強くあります。これまでの働き方改革では、残業時間の上限規制や有給休暇の取得義務化など、「労働時間の抑制」を強く打ち出してきました。では、なぜいま、その流れに逆行するような政策が推し進められているのでしょうか。
実は、政府はこの矛盾を「選択の自由」という形で整理しようとしています。すべての労働者に対して一律に働く時間を制限するのではなく、本人の意思に基づいて働きたいだけ働ける環境を整えるという方針です。たとえば、高度プロフェッショナル制度や裁量労働制など、成果に応じて働く制度を活用することで、個人の裁量を尊重しつつ、生産性を確保することを目指しています。
ただし、企業側がこの自由を「長時間労働の正当化」に悪用するリスクも否定できません。規制緩和を進めるには、政府・企業・労働者の三者が、信頼を前提としたルール作りとその運用に真剣に向き合う必要があります。
2.具体的に何がどう緩和されるのか
2.1 時間外労働の上限が緩和される可能性
これまでの労働基準法では、時間外労働には厳格な上限が設けられていました。特に「月45時間・年360時間」が原則とされ、特別な事情がある場合でも「年720時間・月100時間未満」までと定められており、企業はこれを超える労働を課すことができませんでした。
しかし、労働時間の規制緩和が進む中で、一部の業種や個人に対してこの上限が柔軟に運用される可能性が出てきました。たとえば、繁忙期に労働力を集中させたい建設業や物流業など、季節波動が大きい業界においては、より柔軟な労働時間の設定が求められています。
また、「働きたいのに時間の制限で稼げない」と感じている人にとっても、上限規制の緩和は選択肢の拡大につながります。特に副業や複業を希望する層、子育てが一段落した後に収入を増やしたいと考える中高年層などにとっては、有効な政策となり得るのです。
ただし、この緩和が過労死ラインを再び超えるような働かせ方につながってはなりません。上限緩和の検討にあたっては、労働者の健康確保と企業の利益の両立が前提条件となります。
2.2 「みなし労働時間制」の柔軟運用が進む
規制緩和のもう一つの柱として、「みなし労働時間制」の拡充が検討されています。これは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決められた時間を働いたものと見なす制度で、営業職や在宅勤務など、時間管理が困難な業務に適用されてきました。
テレワークの普及により、勤務場所や時間を自由に選べる働き方が広がった今、この制度をさらに柔軟に使えるようにする動きが高まっています。たとえば、従来はオフィス勤務前提だった事務職にも、みなし労働時間制を導入できるようにすることで、企業は管理コストを抑え、労働者も自律的な働き方が可能になります。
一方で、制度の悪用によって「実際は長時間働いているのに、みなし時間で処理されて残業代が出ない」といった問題が起きるリスクもあります。制度設計と運用の透明性が問われるのは当然であり、導入にあたっては労使間の十分な合意が不可欠です。
このように、具体的な規制緩和の中身にはメリットとリスクが混在しています。企業は制度の本質を理解し、形だけの導入に終わらせず、働きやすさと公正さの両立を意識することが求められます。
3.企業が受ける影響とリスク
3.1 規制緩和に乗じたブラック化の懸念
労働時間の規制緩和は、働きたい人にとって自由な働き方を可能にする一方で、その裏側には重大なリスクも潜んでいます。特に懸念されるのが、企業による制度の悪用です。自由度が増すことにより、労働時間の実態が見えづらくなり、結果として長時間労働が常態化する可能性があります。
たとえば、みなし労働時間制の拡大や上限規制の緩和によって、実際には法定時間を超えて働いているにも関わらず、企業がその労働時間を「自己裁量」や「本人の希望」にすり替えてしまえば、過労死や健康被害のリスクは再び高まります。かつて社会問題化した「名ばかり管理職」と同じ構造が、再び形を変えて現れることが懸念されています。
また、特定の社員に業務が偏ることで、心理的なプレッシャーや退職リスクの増加を招くケースもあります。制度はあくまで「使い方」が重要であり、導入すれば自動的に成果が出るものではありません。企業には、制度の趣旨を正しく理解し、労働環境の健全性を損なわないよう注意深い運用が求められます。
3.2 中小企業に求められる対応と備え
大企業と比べ、制度やルールの整備が遅れがちな中小企業にとって、今回の規制緩和は大きな分岐点になります。中でも、労働時間の見直しに関連して最も求められるのが「就業規則のアップデート」です。たとえば、フレックスタイム制や裁量労働制を導入する場合、労使協定の締結や具体的な対象業務の明記など、法的な手続きが必須です。
さらに、従業員とのコミュニケーションも不可欠です。労働時間の自由度が増すことで、働きすぎる人とそうでない人のバランスが崩れやすくなります。このギャップを放置すると、職場内の不公平感が高まり、モチベーション低下や離職にもつながりかねません。
そのため、制度を導入する際には、評価制度や業務分担の見直しも含めた「総合的な労務設計」が必要です。単に制度を加えるだけではなく、「どのような働き方を理想とし、それに向けてどんな制度が必要か」を逆算して考える視点が求められます。
規制緩和は、企業の柔軟性を高めるチャンスであると同時に、リスク管理の力が問われる局面でもあります。特に中小企業こそ、早い段階で準備を進めることが、今後の安定した組織運営につながるでしょう。
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4.現場と制度のギャップにどう向き合うか
4.1 「もうこれ以上働けない」という現場の声
労働時間規制緩和に期待が寄せられる一方で、現場ではまったく逆の声が多く聞かれます。「もうこれ以上働けない」「すでに限界だ」といった切実な訴えです。特に人手不足が深刻な現場では、現在の労働時間でもすでに過重であり、さらに働けるように制度を変えるという国の方針に戸惑いを隠せません。
実際、厚生労働省の過労死白書などでも、精神疾患や過労死のリスクは依然として高い水準にあります。労働時間の柔軟化という名目で現場の実態を無視すれば、働く人の健康と命を脅かすことになりかねません。特に中堅社員やベテラン社員など、責任が重い立場の人ほど、業務を自ら抱え込む傾向が強く、制度変更が負担増につながるリスクも高いのです。
制度の趣旨が「自由」や「選択肢の拡大」であっても、現場が「強制」や「黙認された長時間労働」として受け取れば、むしろ逆効果になってしまいます。このズレを正すには、まず現場の声を丁寧に拾い上げる姿勢が企業側に求められます。
4.2 「働きたい人」と「そうでない人」を分ける運用の課題
労働時間規制の緩和が進むと、社内では「もっと働きたい人」と「現状維持したい人」の間で、働き方に明確な差が生まれるようになります。これは一見すると個人の選択を尊重した合理的な運用のように思えますが、実際の現場ではさまざまな課題を引き起こします。
たとえば、同じ業務に従事していても、残業を多くする人のほうが評価されやすくなったり、逆に早く帰る人が「協調性がない」と見なされるような風土が生まれる可能性があります。このような暗黙の圧力が、実質的な「長時間労働の強制」につながるのです。
また、企業によっては制度を導入しただけで終わってしまい、その運用が従業員任せになっているケースもあります。自由な働き方を実現するためには、制度の設計だけでなく、その運用方法や評価基準を明確にし、公平性が保たれるようにする必要があります。
制度が本当に機能するには、「働き方に差があることは悪ではない」という共通認識を、社内にしっかりと根付かせることが不可欠です。そのためには、管理職の教育や評価制度の見直しも含めた、全社的な取り組みが求められます。
5.規制緩和をチャンスに変える視点とは
5.1 時間ではなく成果で評価する組織づくり
労働時間の規制緩和に対応するには、従来の「時間に比例した評価基準」から脱却する必要があります。これまでは、長く働くことが勤勉さの象徴とされ、評価や昇進の基準とされてきました。しかし、柔軟な働き方が進む現在、そのような価値観では組織の成長は望めません。
企業が規制緩和を好機とするためには、「何時間働いたか」よりも「どんな成果を上げたか」に評価軸を移す必要があります。これは単に目標設定を明確にするだけでなく、成果を正しく測定し、評価に反映させる仕組みづくりが求められます。たとえば、プロジェクトごとの貢献度や顧客満足度、業務の効率化など、定量・定性的な指標を組み合わせることで、公平な評価が可能になります。
このような評価制度が浸透すれば、社員は自分に合った時間・場所でパフォーマンスを発揮でき、組織全体の生産性も向上します。また、評価に納得感があれば、労働時間の差による不公平感も緩和され、チームの結束力も保たれやすくなります。
5.2 「誰と働くか」「どのルールで働くか」を再設計する
もう一つの重要な視点が、「働く相手」と「適用するルール」を明確に分けるという考え方です。規制緩和により、社員、業務委託、フリーランス、副業人材など、組織で関わる人の形態が多様化しています。にもかかわらず、旧来の雇用前提の労務管理では対応しきれなくなる場面が増えているのが現実です。
そのため企業は、関わる人材ごとに適切な契約形態を選び、それぞれに合ったルールと責任範囲を明文化する必要があります。たとえば、フリーランスには成果物ベースの契約を、時短勤務の社員には目標管理型の評価制度を適用するなど、多様な働き方に対応した制度設計が不可欠です。
また、「誰と働くか」を決める際には、スキルや専門性だけでなく、価値観や働き方への姿勢も重視することが重要です。チームの方向性と一致していなければ、どんなに優秀な人材でも組織との摩擦が生じてしまいます。
このように、単なる時間の管理から「関係性の管理」へと視点を広げることが、これからの企業経営には求められています。規制緩和をチャンスととらえるためには、制度に翻弄されるのではなく、自社に合ったルールを自ら設計する姿勢が鍵になります。
6.海外の制度との比較と今後の展望
6.1 EUやフランスの労働時間ルールに学ぶべき点
労働時間規制の見直しを議論する際、参考にすべきは海外の先進的な制度です。とくにEU諸国では、労働者の健康と生活を重視する法整備が進んでおり、日本とは異なる価値観に基づいた制度運用がなされています。
たとえば、EU全体に共通する「労働時間指令」では、週労働時間の上限が48時間と明記されており、24時間ごとに連続11時間の休息が義務付けられています。このように休息の確保を法的に担保することで、長時間労働による健康被害を未然に防いでいます。
また、フランスでは「つながらない権利(Right to Disconnect)」という概念が導入されており、勤務時間外に業務連絡への対応を拒否する権利が労働者に認められています。これは、テレワークの普及でプライベートとの境界が曖昧になりがちな中、労働者のメンタルヘルスを守る施策として注目されています。
こうした制度に共通するのは、「働く自由」と同時に「休む権利」も等しく尊重されている点です。日本が今後規制緩和を進める中でも、単に労働時間を伸ばすだけでなく、休息やリカバリーの仕組みを組み込むことが求められるでしょう。
6.2 今後の労基法改正と企業がすべき準備
日本においても、2026年以降の労働基準法改正に向けた議論がすでに始まっています。高市政権は「多様な働き方を尊重する制度設計」を掲げており、労働時間や勤務形態に関する柔軟なルールが検討される見通しです。
これに備えて、企業が今から取り組むべきことは大きく3つあります。第一に、就業規則の見直しです。制度変更に適応できるよう、フレックスタイム制や裁量労働制の導入可否を確認し、必要であれば労使協定の整備を行う必要があります。
第二に、労働時間と休暇の「見える化」です。労働者が自身の働き方を把握しやすい仕組みを整えることで、自己管理の精度が高まり、無理な働き方を防げます。クラウド型勤怠管理ツールの導入なども有効です。
第三に、評価制度の再構築です。時間ではなく成果で評価する体制を整えることで、規制緩和に伴う「長く働く人が得をする構造」から脱却できます。
法改正は避けられない未来です。だからこそ、いまのうちから柔軟で多様な働き方に対応できる基盤づくりを進めておくことが、企業にとって最大のリスクヘッジになります。
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